東京の犬はワンと鳴かない

東京の犬はワンと鳴かない。

 

これは地方出身の私が港区に1年住んでみた結果、気づいたことである。

 

 

東京では私の想像より多くの人が犬を飼っている。

 

地方では大抵近所の家の庭に怖ーい犬が鎮座していたり、お店の名物犬として親しまれていたりと田園風景と動物、違和感の無い組み合わせである。

 

土地が安いため一軒家も多く、ペットを飼いやすい環境だからだ。

 

一方都会では集合住宅や一軒家をもつなんて夢のまた夢、なんてイメージを持っていた私は、どデカイビルにスクランブル交差点、それと獣である犬が共存しているなんて考えてもいなかった。

 

予想に反し頻繁に都内で犬を見かけるわけだが、犬と一概にいっても地方に生息する犬と都内に生存する犬とでは訳が違う。

 

 

東京のお犬様達はフワフワのカーリーヘアを見繕い、フレグランスの香りを放っている。

 

見かけるお犬様の皆様があまりに美しい毛並みを纏っていらっしゃるので、きっと私より高級なシャンプーを付けていらっしゃるのだろうなと思い、とても「犬」などと呼び捨てにできなくなってしまった。

 

ジョギング終わりの私の方がよっぽど獣臭いであろう。

 

そして東京ではフワフワのお犬様条例でもあるのだろうか、などとバカなことを考えているわけだ。

 

 

東京のお犬様は番犬としての役割など与えられておらず、また元々は野生の動物だったなんてこともない。

人間のアイドル、または富の象徴として存在すべく生まれ、育てられてきたのであろう。

 

 

そんなお犬様達はワンとは吠えない。「ニャウーン」などと甘ったるい声を出すのである。

 

交差点で信号待ちをしていた時に、横でマダムに抱きかかえられた灰色のフワフワの童顔犬が猫のような鳴き声でないたのにはなんだかドキドキした。

 

なんという自信だ。お犬様に私はお前が知っている「犬」などという存在ではないのだと言われた気がした。

 

彼らは自分自身の存在を疑ったことなどないだろう。

 

 

東京には沢山の生き物と自然が存在する。整頓された嘘見たいな自然、野生。それでいて日本で一番美しく、良い香りのする自然。

 

東京では人間が最も野蛮なのかもしれない。

 

 

今日も東京ミッドタウンのジョギングコースにお犬様達が重鎮していらっしゃる。我々は走る足を止め、お犬様の毛の一本にさえ触れないように、注意を図りながら道端の土の道路に降りるのである。